Music With a Feelingとは

『Music With a Feeling』は、管理人が長い間愛した
70年代以前のロック、ソウル、ブルースのミュージシャンと彼らの珠玉のナンバーを、
これらをこれから聴いてみたいという方にご紹介するサイトです。

なにぶん個人的な感情が入ってきますので、少々偏ったことになりますが、そこは許してください。

Blues(ブルース ミュージック)の変遷

ブルース(Blues)とは、アメリカ南部で、19世紀半ばにアフリカから強制連行された黒人の子孫にあたるアフロ アメリカンから発生した音楽です。

19世紀後半に、フィールド ハラー(労働歌)から派生したと言われ、その地はミシシッピ州のデルタ地帯あたりで、これが『デルタ ブルース』です。

代表的なのがチャーリーパットン、サンハウス、ロバートジョンソンです。
ブルースは、アメリカ南部各地に広まりましたが、戦前にはこれらのアフロ アメリカン達はアメリカ北部の都市部へ出稼ぎに出て、ここでブルースは発展してきました。

その際、これまでのブルースは、アコースティックギター一本で演奏するのが主でしたが、バンドスタイルで、しかも、エレクトリックギターへと変化し、モダンなスタイルへと変貌していったのです。

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中でも、シカゴではあのマディウォーターズが『シカゴ ブルース』というスタイルを確立し、 その後派生するロックは、このシカゴブルースが原型と言って差し支えないと思います。

60年代入ると、シカゴ ブルースから発展、あるいは少々流れの違うソウルミュージックテイストのブルースも台頭してきており、マジックサム、オーティスラッシュ、バディガイ、フレディキングと言った、ロックギターの原型となるスタイルのギタリストが活躍し始めました・・・

マジック・サムのwestside soul

Soul(ソウルミュージック)の変遷

ソウル ミュージックは、1940年代後半あたりにブルースやゴスペルから発展してきた音楽ジャンルであり、『アフロ アメリカンの大衆音楽』と言っていいと思います。初期の頃はR&B(Rhythm and Blues)と呼称されていて、1970年前後よりソウルミュージックとも呼ばれるようになってきました。

一般的に言って、ブルースは日常生活や生活に対する憂い、男女間のセクシャルな部分について歌われることが多いのですが、ソウルミュージックは初期の頃はゴスペル派生だけあって宗教的なテイストが濃い歌が多かったりもしましたが、基本的に『黒人賛歌』であり、男女間についても愛や恋と言った、 より多くの黒人の一般大衆に受け入れられるような内容になっています。

1960年頃になると、ソウル ミュージックは大きく分けて2つのスタイルが発展していきます。

ひとつは、メンフィスにある『スタックスレコード』を中心としたサザン ソウル、もう一つはデトロイトを拠点とした『モータウンレコード』のノーザン ソウルです。

サザンソウルは、ゴスペル色が強く、土着的でねちっこい、ドタドタしたサウンドが特徴で、代表的なのはオーティスレディング、アレサフランクリン、ウィルソンピケットあたりです。

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ノーザン ソウルは、「黒人的なもの」ををより排除し、洗練された、白人にも受け入れられやすいサウンドでダイアナロス&シュープリームス、マーヴィンゲイ、スモーキーロビンソン&ザ ミラクルズあたりが代表的です。

面白いのは、土着的なサザン ソウルのセッションマンが白人中心で、より白人っぽいノーザン ソウルのセッションマンが黒人中心でした。
70年代はスタックスレコードが衰退しはじめ、モータウンも様変わりしてきました。

これまでのモータウンは曲の作者と演奏者がモータウンお抱えの、いわば「会社主導」でしたが、70年代に入るとアーティスト主導に変わってきて、この頃にアルバムを発表したマーヴィンゲイ、スティーヴィーワンダー、モータウンではありませんがダニーハサウェイ、カーティスメイフィールドあたりは『ニューソウル』と呼ばれていました。

カーティス・名フィールドの「superfly」

Rock(ロック ミュージック)の変遷

ロック ミュージックは、ブルースやソウルの白人的解釈によって生まれた音楽ジャンルです。

ロックの語源は、1954年にビルヘイリーの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」を聴いてDJのアラン・フリードが「ロックンロール!」と叫んだことが始まりと言われており、ロックとはロックンロールの短縮語です。

ロックンロールの代表的なアーティストのチャックベリーエルビスプレスリーは、ブルースを自分なり演奏したらああなった的な面が多く、特にブルースとの密接性が非常に強いです。

1950年代後半から1960年代前半の頃の保守的な白人は、黒人音楽など汚らわしいものと考えておりました。その意味でも、ロックはカウンターカルチャーの一場面と言えるし、そこにロックの本質があると思います。

ロックが発展していったのは差し障りのない白人音楽が席巻していた当時のアメリカではなく、イギリスでした。
いわゆる、「スィンギング・ロンドン」の時代で、アメリカの黒人音楽をリスペクトする若者たちがシーンを作っていきました。
代表的なのは、ビートルズ、ローリング・ストーンズエリック・クラプトン、ヤードバーズあたりです。

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彼らは、ソウルやブルースをカヴァーしていくことでその才能を育んでいき、後に偉大なアーティストになっていくわけです。60年代中~後期になると、ロックは様々な形に変えていきます。

この頃になると、アメリカでもロックは発展してきてビーチボーイズ、ジャニスジョップリン、ジェファーソンエアプレイン、ボブディラン』が活躍し始め、イギリスでもアメリカ出身のジミヘンドリクス、レッドツェッペリンのような大音量かつハードサウンドのロックが出てきます。

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ただし、この発展はロックの代名詞である『セックス・ドラッグ・ロックンロール』というネガティヴな側面を生み出し、このあたりから70年代初頭まではある種、暗い影を落としました。

70年代に入ってもロックはた多面に枝分かれしていき発展していきましたが、後半になると出尽くした感が蔓延し、ある種のマンネリ、閉塞感が漂ってきました。

1975年、マルコム・マクラーレンがロンドンのヴィヴィアン・ウエストウッドの服を売るの店に出入りする若者をロンドンのミュージックシーンに担ぎ出しました。

これが、セックスピストルズであり、パンク ロックの始まりです。


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