1990年代、日本にICEというかっこいいユニットが存在した

You Tubeをよく視聴するのですが、
古めと言いますか、過去の音楽なんかを視聴してると、コメントで、
「前はよかった」「今の若い奴はかわいそう」的なコメントが非常に多いんです。

「あの頃」はよかったのは事実だと思う

つまり、今の音楽シーンはつまらない、ということを言いたいわけなんですね。
そんな愚痴みたいなことをコメントする趣味はないので「へー」なんて
眺めていますが、ある意味それは事実だと思うのです。気持ちはわかりますよ。

私がもっと若い頃、例えば、20年ぐらい前の日本の音楽シーン、
結構面白かったと思うのです。

今から20年前と言えば、1990年代ですね。
CDが最も売れた時期です。

売れるもんですから、色んなアーティストがこぞってリリースしていましたよね。
ですから、良い音楽とそうでない音楽、取り混ぜて流れていましたが、
業界として活気があって、非常に面白い時代だったと記憶しています。

「渋谷系」なるムーブメント

1990年代の初めごろ、「渋谷系」なる音楽ムーブメントが日本にありました。
うまく説明できませんが、ジャズやソウルミュージックのテイストを持った、
おしゃれな、大人なサウンドが特徴だったりします。

代表的なのはフリッパーズギターやピチカートファイブあたりになるのかな?
J-WAVEあたりでヘビーローテーションだったので、どうしても耳に残ります。

今聴いても全然聴けますよね。
こういうムーブメントが普通に存在していたわけで。

この時代「ICE」という男女のユニットが存在した!

この渋谷系でも、私が最も好きだったバンドが「ICE」です。

ICEとはギターの宮内和之とボーカルの国岡真由美のユニットで、
宮内の作る70年代ソウルのテイストたっぷりのポップチューンと、
国岡の歌い上げないセクシーなボーカルが大きな特徴になっていました。

この宮内和之という男、非常に優れた音楽クリエイターで、
マーヴィンゲイやカーティスメイフィールド、ダニーハサウェイあたりのサウンドを
うまく都会的なテイストで表現していました。

国岡の起用も大ヒットでした。
ICEの都会的なイメージは、サウンドだけではなかったと思います。
国岡の「都会的でおしゃれな女性」
「スタイルの良い大人の女性」
といういうイメージも起因していたのだと思います。

もっとも、国岡は広島の田舎育ち、
あまりそうは見えない?宮内が都会育ち
なんですけど。

宮内が、その辺を面白おかしく話している映像が残っていますけど。

ただ、この辺の宮内の、サウンド面だけでなく、プロデュース的な視点、
目の付け所がタダ者ではない感じです。

ピチカートファイブの小西康陽も非常に優れたクリエイターですが、
私はICEのロック的なアプローチの方が好きでした。

バンド的とも言いますかライブ的とも言いますか。
(レコーディングでは打ち込みもかなり使っているようですけどね)

ICE初期の曲を聴いてみて

私がICEを知るきっかけになった曲は、「Moon Child」です。
キャッチーな、どこか懐かしさすら感じるメロディーが非常に印象的な超ポップチューンです。
今聴いてもかっちょいいですね。

そして、この曲もよくラジオで流れていました、「Love Makes Me Run」。

ICEにしては少数派のがっつりの8ビートロック・チューンですが、この疾走感は素晴らしいですね。

一度聴いたら絶対忘れなさそうなコーラスのリフレイン。

シンプルな演奏の中にもパーカッション、ギター、キーボードもしっかり主張していて、
それぞれが曲の印象に大きく付与しています。

まさに真夏の夜のドライブにピッタリな感じです。

もうひとつ、これはもう、70代ソウル・ファンクのテイストが強いの曲ですが、この中では一番ICEっぽいんじゃないかな?

ソウル・ファンク色強いけど、やっぱりいい感じでポップチューン。
ICEの真骨頂という感じです。

それにしても、国岡の特徴あるボーカルか際立ちます。いいですね。
普通、こういうスタイルって逆に面白くないんですけどね、
やはり声が非常によろしく、適度のソウルフル。イメージ的にはダイアナロス?

“Kozmic Blue”になった宮内和之

このICE,2000年に入って数年すると、活動が鈍ってきます。
なぜか?したくても物理的に困難だったのです。

それは、ギターの宮内の闘病。
宮内和之は癌に侵されていたのですね。

大体、2002年ごろから闘病生活が始まったそうですが、
結局、2007年の12月に宮内和之は帰らぬ人となってしまったのです。

ここにICEのライブ映像があります。

日付は2004年。つまり、宮内の闘病中のライブです。
この頃はすでに癌だということは国岡もわかっていたでしょう。

曲に入る前に、宮内は、
「自分が死んでもICEの曲は残る」と言っています。
そういって始まったのがICEの代表曲ともいえる名曲、「Kozmic Blue」。

自分の死期をすでに覚悟していたのか、特に考えずに発言したのか、
わかりませんが、のちのことを考えると、切なくなります。

宮内は、本当に”Kozmic Blue”になってしまったのですから。
国岡はどういう気持ちでこの言葉を聴いたのでしょうね。

ちなみに、この二人、宮内の晩年に結婚しています。
おそらく、宮内の死を見越しての結婚だったのだと思います。

そういう事実を知った上での「自分が死んでもICEの曲は残る」です。
本当に切なくなります。

現在、国岡は「ICE」を「ice」と改名して、
他のメンバーもほぼそのままで活動しているようです。

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3 Responses to “1990年代、日本にICEというかっこいいユニットが存在した”

  1. けーさん より:

    ICE、素晴らしい。邦楽への興味を失っていたのですが、ICEを聴いて、驚きました。嬉しい発見です。ブログ、ありがとうございました。

    • amouiq より:

      けーさん、コメントありがとうございます。ICE、本当に素敵ですよね。ここから「嬉しい発見」があって、私も嬉しいです(笑)。日本も、特にあの頃の日本の音楽シーンも全然イケていると思います。

  2. みーさん より:

    私は、長年ICEが大好きでしたが、宮内さんが亡くなった時は大変ショックでした。
    CDで聞くだけでLIVEに行った事が無かったので、存命中にLIVE行きたかった。。。
    最近LIVE活動は少ないみたいですが、もしあったら行ってみたいと思ってます。

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